国立映画アーカイブ上映「宮本武藏 決鬪般若坂」｜伊藤大輔監督の神業演出と失われた映画技術
返還映画コレクションで公開された映画です。
主演・武蔵を片岡千恵蔵さん、
鎖鎌を操り弟の仇を討つ宍戸梅軒を月形龍之介さんが演じ、
監督は伊藤大輔さん。
昔の映画はスタッフロールが冒頭にありますが、
伊藤大輔さんは「監督」ではなく「演出」と表記されており、
その点が気になりながら本編を観ました。
すると、ため息が出るほど素晴らしい演出の連続で、
「映画の演出とはこういうものだ」と伊藤監督の圧倒的な技術力を見せつけられた気がしました。
演出はわかりにくい部分ではありますが、作品をさらに良くするための技術や工夫です。
しかし近年、この“演出力”が薄れてきており、AIによる自動化やCGの台頭によって、
人間が担ってきた演出の力が失われていると感じます。
私自身もCG業界の技術者ですが、映画やドラマをAIやCGで作ることが、
作品をつまらなくさせている一因ではないかと思うと、
自分もその一端を担っているかもしれないという罪悪感を抱き、
頭が上がらない気持ちで鑑賞しました。
伊藤大輔監督について
昔の時代劇映画をご存知の方なら、伊藤大輔監督を知らない人はいないほど有名な監督です。
サイレント映画時代から活躍し、このブログでも紹介した
大河内傳次郎さん主演の「御誂次郎吉格子」、
嵐寛寿郎さん主演の「鞍馬天狗 黄金地獄」などを監督しています。
数多くの有名映画を手がけていますが、残念ながら戦前の映画の多くは完全版が現存せず、
断片しか残っていません。
一説によると、伊藤監督の社会的思想は「傾向映画」の代表作として知られ、
当時の弾圧や検閲で映画が大幅にカットされていたといわれています。
一方で、伊藤監督の映画はカット・バックや移動撮影の斬新さで世間を驚かせ、
芸術的にも高く評価されていました。
そのため、演出や技術力は相当なものだったことが伺えます。
完全版が残っていないのは本当に悔やまれますが、断片だけでもこれだけの演出力を体感でき、
学べる作品は貴重なので、ぜひDVD化やネット配信を望みたいところです。
戦後の作品は完全版が多く残っていますが、戦前と比べると
挑戦的な演出はやや控えめになった印象です。
それでもどれも素晴らしい作品ばかりです。
「宮本武藏 決鬪般若坂」の演出について
演出を言葉で説明するのは難しいので、ぜひ本編を観てほしいですが、印象的な例を挙げます。
例えば、寝ている武蔵を襲おうと入ってくる宍戸梅軒ら一味のところ。
・入り口の障子戸が開けられるが、姿は見えない。
・赤ん坊をあやす風車が回り始める。
・頭上に置かれた籠に入った綿毛が静かに降り落ちる。
・武蔵も異変に気付いて起き、足音を立てずに身をひそめる。
・赤子がいるので武蔵息を吹いて風車を回す。（あやす行為？）
・武蔵音を立てずに家から出ていく。
山中での試合シーン
・オババらに縄でとらえられた武蔵。武蔵を縛る縄がアップになり
ピンぼけした縄の周りが鮮明になると向こう側に登場する人がいる。
（よくある演出ですが、構図とピンボケから鮮明になり
向こう側の人がすごく綺麗で絶妙なタイミングで撮影されており
息を飲んだシーンです。）
その他いろいろ
・宍戸梅軒（月形龍之介さん）が武蔵と囲炉裏を挟んで
お互いに関ヶ原の合戦で戦っていた事実を知り愉快に笑ったその後、
寝静まった頃を見計らって武蔵を襲いに来た宍戸は怖かった。
（武蔵が弟の仇だと分かったことで）
また、この時の月形さんが特にガタイが良かったので、
屈強の男・強敵という感じで強そうに見え余計に怖かったです。
上記の演出はごく一部ですが、こうした演出が次々と
繰り出されるので終始目が離せない映画です。
1943年公開「宮本武藏 決鬪般若坂」の視聴方法
国立映画アーカイブ・長瀬記念ホール OZU にてあと2回、上映予定です。
・2025年08月14日(木)15:00
・2025年08月22日(金)19:00
◾️国立映画アーカイブ・返還映画コレクション（3）――第二次・劇映画篇
1943年公開「宮本武藏 決鬪般若坂」主演片岡千恵蔵
https://www.nfaj.go.jp/program/repatriated_film3_202507-25/