1941年映画阪東妻三郎さん主演『富士に立つ影』|築城軍師を描く異色の時代劇
老中・松平定信は富士の裾野に調練城の築城を命じ、沼津領主・水野出羽守は全国の築城家の中から賛四流・高弟の佐藤菊太郎(阪東妻三郎さん)と、赤針流・熊木伯典(永田靖さん)を選び、築城議論をさせ問答に勝つ勝者を築城軍師に任命すべく水野家別邸に招請させます。築城問答は互角、実地検証で佐藤が優勢だったが、熊木は佐藤に大怪我を負わせた。軍師任命式の刻限に現れなかった佐藤に、任命は熊木になるのではという空気が漂う中に佐藤が現れ、これまでの熊木の悪事を暴露し場が荒れる。最後は佐藤が軍師に任命され、民たちとの築城風景と共に終わる。
という内容です。原作はとんでもなく長い小説で、映画は数あるエピソードの中の最初の「裾野編」のみ。内容はかなり脚色が入っているそうですが、映画は映画で大変良かったです。
監督は池田富保さん・白井戦太郎さん。脚本は八尋不二さん。八尋さんが好きなのですが、脚色が本当に素晴らしいです。この映画は昔の言い方も多用されており、セリフを言う役者さんたちも慣れたように使うので綺麗です。また、築城議論や熊木の悪事暴露中などはセリフ数が多く、長い中でも専門用語や言葉をキレのある語呂で聞きやすくさせており、八尋さんの時代劇の言葉の達者さ・語彙力には感心いたします。また役者さんも役ならではの言い方、台詞回しで語るので、耳で聞くだけでもそれぞれのキャラの個性が見えます。とはいえ古い言い方なので、聞く人によってはお気に召さない可能性もありますが、ハマるとこの言い方が心地よいんです。
役者さんは主役の佐藤菊太郎・阪東妻三郎さん。桃井新三郎・尾上菊太郎さん。水野出羽守・沢村国太郎さん。この三名は私の好きな時代劇映画『恋山彦』のメンバーでもあり、見る前から胸躍る思いでした。
尾上菊太郎さんの独特なセリフの言い回しが好きなのですが、この映画は特に独特さが際立っており、尾上さん演ずる新三郎のセリフに「お黙りなさい」と佐藤に言うところがあるのですけど、今はあまり使わない言葉ですが、昔の時代劇では割とよく出てくるセリフです。育ちの良い層が使っている言葉と思っていただいて良いと思いますが、尾上さんは高貴さもあるのでこういうセリフが似合うのですよ。役者さんを想定してセリフを書いているようなところも垣間見られます。
尾上さん演ずる桃井新三郎は原作にはいないキャラクターのようですが、原作では佐藤を好いている賛四流当主・喜運川兵部(きうがわ・ひょうぶ)の娘・お染(おそめ)が、映画では佐藤ではなく新三郎と恋仲の関係になります。喜運川兵部は高齢のため、自分は退き、佐藤を賛四流当主、喜運川の姓にして水野家へ向かわせようとします。新三郎と佐藤は賛四流の門弟同士。佐藤は新三郎とお染の仲に気を使って喜運川の姓になり当主となることを断るが、そうもいかず、名代として参加することに。
佐藤と新三郎・お染はそれぞれ富士の裾野の水野家別邸に向かうのですが、道中、お染が父に託され佐藤に渡すことになっていた賛四流の秘伝を、熊木の腹心・三平に盗まれてしまいます。熊木は「熊木の権謀術策は人の恐るるところ、今まで彼の矢面に立って命を落としたるもの、幾人になるも知らず」と言われる人物で、築城議論に招請が決まった時から佐藤を襲わせたり、実地検証で腹心を働かせてズルをしたり、脅したりします。誘い穴と呼ばれる洞窟に佐藤に行かせ、こともあろうかそこを爆破させ、佐藤と腹心らを生き埋めにしてしまうひどい人物です。
しかし生き埋めにしたはずの佐藤が軍師任命の席に現れたので熊木は驚きます。さらにその席で佐藤がこれまでの悪事をばらし、逆ギレした熊木は佐藤に斬り掛かる始末。この時の佐藤と熊木は長裃(なががみしも)を着用しているのですが、これでケンカを始めるので驚きました。迫力がありました。さすがこの時代の役者さんたちは体が違います。
築城軍師は賛四流・佐藤に決まり、最後は富士の裾野で築城が始まり、民や馬や牛などが働く風景の中、大変華やかで煌びやかな軍師衣装を身につけた佐藤と新三郎が映し出されるのですが、この最後のためだけにこの絢爛豪華な衣装を用意したのかと思うと贅沢な映画だなと思います。終わりよければすべてよしとは言いますが、大変後味が良い最後です。他のシーンの衣装も割と派手なのですが、柄が大きいので派手に見えるのですけれど、昔の映画は衣装が本当に素敵です。
その他の見どころでは大道具小道具も華やかです。将軍家や水野家の豪華さをはじめ、築城議論をする際に出てくる地図があるのですが、6畳間くらいある巨大な絵巻物で驚きます。
映画中間部の見どころにあるのが用材運びの馬車競争というシーンです。これも実地の中の一環なのですが、ここでも熊木は賛四流の馬車の御者頭を脅し赤針流に引き入れます。馬車競争のスタートの合図で御者頭が馬車を降りて寝返るので、運転手がいなくなった賛四流の馬車は空席になってしまいます。そこにお雪という、村に滞在する間佐藤の世話役をする父の娘がその馬車に乗り、赤針流の馬車を追い抜き勝利へ導きます。この馬車対決のシーンは大変見どころです。お雪ちゃんが可愛く、応援する農民たちが鍬や鎌を持って走って盛り上げ、土煙をあげて爆走する馬車、ハラハラドキドキもしますが、馬の走らせ方やカメラが大変うまく、感心してしまいます。馬や牛と仲が良かった頃の財産風景といった感じで、今見るといいなと思う風景です。
この映画は派手なチャンバラシーンはありませんが、唯一、佐藤が誘い穴の中で熊木の腹心らに襲われた時に刀を抜き戦います。その直後、洞窟を爆破されてしまうので短いですが、ここでの見どころは佐藤扮する阪東さんの頭巾を被った姿。これはレアです。頭巾の被り方は元歌舞伎役者さんたちはみんな上手なのですが、阪東さんもさすがです。
阪東さんは映画ごとに顔が変わるのが特徴的ですが、この映画では珍しく普段のバッチリ大きなお目目で演じており、大変若く見えます。最後の絢爛豪華な衣装の時は髪型がポニーテールで前髪がサラサラとなびくので一層若く、どことなく可愛くも見えます。映画冒頭の方で書庫で調べ物をしている阪東さんは着物袴姿で書生さんのようでさらに若い姿に見えます。
見どころが大変多く、築城軍師という設定も珍しく、見るごとに発見があるのでリピート回数も多い作品で、とてもお気に入りの映画です。
