映画監督マキノ雅弘自伝『映画渡世 天の巻・地の巻』|1文字も読み飛ばせない千ページの衝撃と映画創世記からの舞台裏

映画監督マキノ雅弘自伝『映画渡世 天の巻・地の巻』|1文字も読み飛ばせない千ページの衝撃と映画創世記からの舞台裏

自伝というのは、その人が有名になるきっかけや仕事に就くまでの生まれ育ちのあたりは、たとえ超有名人のものでも退屈になりがちなものですが、マキノ正博(雅弘)監督だけは最初から面白かった。日本映画の父マキノ省三の長男に生まれ、子役をやらされるも相手役が尾上松之助さんで、父と派手に喧嘩しては仲裁に入ったり、慰めたのが阪東妻三郎さんや月形龍之介さんという、そんな日常生活なんてある?と思ってしまいます。

次々と大スターや役者たちが登場し、創設されていく映画会社の重役たちや、黄金期を築いていった撮影に関わる有監督やスタッフたち。マキノ監督と関わっていない映画関係者はいないのでは?と思うほど登場する人物が豊富です。またその人たちとのエピソードが面白く、役者の引き抜きを巡って、10代の正博少年に父が「この子を頼む」と女優を預け、乗り込んできたヤクザたちから女優を守ろうと戦うも、2階の窓からガラスを割って放り投げられ気絶した、といった映画さながらのエピソードが次々と展開されます。さらにトーキーの録音機やテープレコーダーも作った録音技師でもあり、映画に関する技術力がとんでもなかった。2巻、千ページくらいあるのですけれど、一文字も読み飛ばせない面白さで、連日眠れず困りました。

大正期から1960年代までの時代劇映画を中心とした映画は結構見ているので、本の中で紹介される映画はほぼ知っていたこともあり、その映画ができるまでの裏話を聞いてまた見たくなるほどでした。

私の好きな映画作品の一つに、阪東妻三郎さん主演・マキノ正博監督の『恋山彦』があります。このブログでも何度も紹介しているお気に入りの作品で、この映画は役者さんをはじめ、カメラや編集などの技術力も素晴らしいです。元々は前後編の映画ですが、現在は総集編のみとなっており残念なところですけれど、この映画のエピソードが本に書かれていました。

この映画が決まる前の阪東妻三郎さんは、出演した映画が失敗し、役者として再起不可能と噂される状態でした。マキノ監督もマキノトーキー株式会社がなくなり、日活へ行くことになり、双方再起をかけた映画が『恋山彦』だったそうです。これがコケたら跡がないという状態だったとのこと。私はこの作品から漂う並ならぬパワーの正体はこれだったのかと分かり、納得しました。人間追い詰められるととんでもない力を発揮するものですね。これまでにも何十回と見ている作品ですが、ますます見たくなりました。

『恋山彦』の後、阪東さんとマキノ監督は映画をもう1本作り、さらに阪東さんが出演する『水戸黄門廻国記』では、当時の日活オールスターである阪東さん、片岡千恵蔵さん、月形龍之介さん、嵐寛寿郎さん、沢村国太郎さん、志村喬さん、尾上菊太郎さんらが次々と出て、各映画会社がびっくりしたそうです。2本とも客の入りは大変なものだったそうですが、『恋山彦』から4ヶ月で、再起不能と言われていた阪東妻三郎さんは以前よりもスターになったそうです。

こうした綺麗な話もある一方で、映画会社同士の熾烈な引き抜きの裏や、社内のゴタゴタ話、長谷川一夫さんが暴漢に襲われた犯人たちの話など、今では考えられないような話も出てきます。それらに全て関わっているのがマキノ正博さんで、こんなに映画全体の重要な出来事に関わっている人も珍しく、どんな名優や名監督、名経営者の誰よりも、映画そのものに深く関わりを持たされた人であると思います。そこはダントツで一番だと思います。

映画監督というのは、脚本が書けることがいい映画監督になれる条件でもあるそうで、マキノ監督も脚本をたくさん書いたり直したりもしているのですが、これは他の監督さんも同じです。マキノ監督はこれ以外にも、トーキー時代に先駆け録音機を研究開発したり、その後の録音・消去できるテープレコーダーの開発もしており、さらに国内初のカラー化映像を富士フイルムと作っていたりします。その辺の技術の話は全くわかりませんでしたが、開発に携わっていたスタッフがその後ソニーの重役になっていたりするので、どういうレベルにいる人なんだろうと呆気に取られたものです。
また、簡単じゃないと思いますが、撮影所もポンポンと作ったりして、簡単そうにやってのけるので驚きます。
映画の運営、経営ができ、制作することもでき、その技術力は高く、なんでもできる、やってしまう能力があり、度胸もあることで、安く、早く撮影して儲けるという無理難題を各映画会社からやらされたりして、いいように使われてしまう面もあり、そこは可哀想だなあとも思いました。

しかし、マキノ監督が困難な時ほど協力者が大変多いのも特徴です。無理難題を押しつけられる中、いろんな監督さんが協力を申し出てきたりします。中でも伊藤大輔監督が、最も困難な時ほどフラッと現れて「手伝うか?」という話が何回か出てきます。伊藤監督はどこで見ているんだと思うほど絶妙なタイミングで訪れては涙をさそうので、さすが映画監督だなあと思ってしまいました。

『鴛鴦歌合戦』(おしどりうたがっせん)という片岡千恵蔵さん主演のオペレッタ映画では、諸事情から撮影時間がなくなり非常にまずい状態になります。困ったところに、元マキノの会社で共に映画を作っていた役者たちや映画撮影スタッフらが集まり、各自ができることを主体的に行い、わずか28時間で撮影完了させてしまったというとんでもない話が出てきます。もちろんこの映画は視聴しており、知っている役者さん、脚本家、録音編集さんの名前がずらりと並んでおりましたが、映画はテンポよく、ノリの良い楽しい映画で、そんな大変な状況で出来上がった映画だったとは思えない出来で、映画を作る人たちは本当にすごいと思いました。と同時に、心にグッとくるものがあり、昔の映画を作る人たちはいいなあと思ったものです。

人の情けが多く描かれているのもこの本の特徴で、映画の創世記から始まり、周りからは河原乞食と言われたカツドウヤ、そして世界大戦を経てきた世代で、人同士の関わり合いが深く、困っている人があれば無視しないで助ける、手を差し伸べる。ここに尽きると思います。しかし何もしないわけじゃない。自分の能力を高めることを行い続けた上での人の情けがある、この本で最も惹きつけられた、忘れたくないところです。

語りたいことはまだまだありますが、この辺で。ご興味のある方はぜひ本をご覧ください。マキノ監督の話や映画のブログは今後も書くと思います。

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『映画渡世・天の巻・地の巻』でも語られていた「恋山彦」での阪東妻三郎さんの長袴で槍を持ち階段を駆け上がる天下一品の立ち回りについてのブログはこちら。本当にすごいです。

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松元美智子 1996年少女漫画雑誌「ちゃお」デビュー/漫画家/イラストレーター/3DCGゲームアニメーター/書籍執筆/投資家/Python/UE5/最新刊「少女マンガの作り方」/Web「松元美智子クリエイティブブログ♡公式」で過去の漫画や制作に役立つ情報毎日投稿中/法政大学経済学部経済学科通信教育部生/メンタル心理カウンセラー

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