東映時代劇の迷走期とは?「作りすぎ」演出で視聴を止めた理由

東映時代劇の迷走期とは?「作りすぎ」演出で視聴を止めた理由

おじさんが真面目な顔で自分のことを「死神」と名乗る。
これはさすがに痛すぎますね。
今でこそ“厨二”という言葉がありますが、
あれは中学生や高校生がやって成立するもので、
大人がやるとどうしても惨めさが出てしまいます。

これは、おそらくキャラクターや設定を過度に作り込みすぎた結果、
起きてしまったことだと思います。

古い時代劇映画は、生活の延長線上にある話が基本で、
自然を見るような心地よさがあります。
しかし東映時代劇は、1950年代は名作が多かったものの、
1960年頃から映画界全体の陰りの影響もあって迷走し始め、
キャラ設定や話の作り込みがどんどん過剰になっていきました。
(焦ると“盛りすぎ”になるのは今も昔も変わらないですね。)

また、過激な設定やちょっとしたエロ、他社映画の流行を取り入れるなど、
安易な詰め込みで最後まで視聴できない作品も増えていきます。
専属俳優たちも60年代後半にはどんどん退社してしまいました。

一方で、同じ時期の東映テレビ時代劇は、予算が少ない環境で新人を多用し、
古い時代劇映画の良さを活かした作品づくりをしており、
今でも名作として残る作品が多く制作されました。
東映は東横映画時代に「お金や人気より自由に作る」という気風があったと
映画監督の著書で読んだことがありますが、
その作り方の方が合っていたのだと思います。

今回視聴を止めた映画からは、

「作りすぎる時は気をつけろ」
という教訓を学びました。

名誉のためにこの映画のタイトルは言いませんが、
出演者は大御所が多々出演している作品です。

もしかすると、当時の役者の年齢を考慮せず、
若かった頃のイメージのままで物語を作ってしまい、
いざ完成したらズレが生じてしまった——
という可能性もあると思います。

1950年代の東映スターたちはとにかく若かったので、
あの頃に「死神」と言わせていたらおそらく笑って受け入れられたでしょう。

また、60年代以降は東宝・松竹・大映でも重めの作品がヒットしましたが、
これらの映画会社は東映と比べて俳優の年齢層が高く、
重厚な内容でも成立する強さがあります。

一方東映は若い俳優が多かったため、
重い話を演じるには年齢的にまだ早かった可能性もあります。

俳優は悪くなかったのに、当時の流行に無理に合わせて作品を強行した結果、
ちぐはぐな出来の作品になってしまったのかもしれません。

とはいえ、先にも述べた通り
60年代の東映テレビ時代劇は名作が非常に多く、
その中で突然現れ大人気となった栗塚旭さんの登場は、
時代劇にとって“救世主”のようにも感じます。
栗塚さんについて語ると長くなるので、また別の機会に。






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松元美智子 1996年少女漫画雑誌「ちゃお」デビュー/漫画家/イラストレーター/3DCGゲームアニメーター/書籍執筆/投資家/Python/UE5/最新刊「少女マンガの作り方」/Web「松元美智子クリエイティブブログ♡公式」で過去の漫画や制作に役立つ情報毎日投稿中/法政大学経済学部経済学科通信教育部生/メンタル心理カウンセラー

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